【vol.29】「SF=少し不思議」な成長物語。辻村深月『凍りのくじら』

-古本屋ATrACT-小説図鑑vol.29

凍りのくじら

あなたの描く光はどうしてそんなに強く美しいんでしょう。

藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父・芦沢光が失踪して5年。
高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う1人の青年・別所あきらに出会う。
戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。
彼の優しさが孤独だった理帆子の心を少しずつ癒していくが、昔の恋人の存在によって事態は思わぬ方向へ進んでしまう……

 

みんな、「スコシ・ナントカ」

「誰の個性も、みんな、SF、スコシ・ナントカで簡単に言い表せてしまう。」
藤子・F・不二雄を敬愛する理帆子は、彼の言った「SF=少し不思議」にちなんで他人の個性に当てはめる癖がある。
「少し・腐敗」「少し・フラット」「少し・不幸」…
みんなみんな、スコシ・ナントカで簡単に分類できてしまう。
そこで抱える悩みや思いなんて、所詮どれも大したことないのに、みんな必死でバカみたいだ、と彼女は周りを見下していた。

そんな彼女が自身に名付けたスコシ・ナントカは「少し・不在」。
屈託なくどこのグループにも溶け込める。愛想よく、馬鹿のふりをしながら。
どこでも行けるし、どんな場所にも対応可。
しかし、周りを見下す彼女は場の当事者になることは絶対になく、どこにいてもそこが自分の居場所だと思えないという。

これは、簡単に言えばそんな達観しすぎた彼女の成長の物語だ。

 

「少し不思議」な物語

550ページ近くあるこの物語。
半分、いや4分の3くらい読み進めていっても、いまいち何のお話なのか良く分からない。
そこまで劇的なことが起こるでもなく、淡々とただ主人公の時間が流れていく。
うーん、なんだろうこれは。
青春ものってわけでもなく、ミステリでもなくサスペンスでもなく、まあファンタジーではないし、
家族愛てきなものってのもなんか違う気が…うーーん、なんだろうこれは。
ただただ性格のねじ曲がった『ドラえもん』好きの女子高生が日々を過ごしているだけだぞ。

と思っていた矢先だった。

クライマックス。ラスト4分の1。すべてが繋がった
そう、これは青春ものでありミステリでありサスペンスであり、家族愛はたまた人間愛を謳った物語であった。

そして何より、SFだった。

そう、少し不思議ね。

あれもこれも、あのシーンへの伏線だったんだなあ。
すごく心穏やかになる読後感。

最後の最後に本当に大事なことを理帆子に、そして読者に教えてくれた。

総評:82%
オススメ度:★★★★☆

作品データ
タイトル:凍りのくじら
作者:辻村深月
発表年:2005
出版:講談社