【vol.3】あの名著たちが、現代京都の腐れ大学生に転生…『新釈 走れメロス 他四篇』

-古本屋ATrACT-小説図鑑vol.3

新釈 走れメロス 他四­篇

作者:森見登美彦
発表年:2015
出版:KADOKAWA

あの名作が京都の街によみがえる!? ――馬鹿馬鹿しくも美しい、青春の求道者たちの行き着く末は? 誰もが一度は読んでいる名篇を、新世代を代表する大人気著者が、敬意を込めて全く新しく生まれかわらせた、日本一愉快な短編集。

日本一愉快な青春小説」。

そんな触れ込みが本書には付けられていたが、飛び抜けて愉快なのは『走れメロス』だけだ。

 

モリミー版『走れメロス』。

「これは信頼しないという形をとった信頼、友情に見えない友情だ」!

本家『走れメロス』では、王との誓約を守る為、親友を守り、友情を示す為、期日までに必ずこの場所に戻ると誓った正義感の強い市民・メロス。

モリミー版『走れメロス』では、図書館警察長との誓約を破る為、親友を見捨てる為、そして親友との真の友情を示す為に、京都中を逃走する腐れ大学生・芽野(めの)。
図書館警察が意地でも約束を守らせようと追っ手を差し向ける中、芽野は約束を破るために逃げ続ける。

愛すべき腐れ大学生たちの愛すべき「真の友情」が
これでもかというほどノリノリで描かれていた。
森見登美彦もコレを描いてる時は楽しくって仕方なかったんだろうなぁ。
とにかくテンポが良く、パロディもふんだんに入れ込まれていて、題材も最ッ高に馬鹿馬鹿しくて、一時も笑いの絶えない逃亡劇が描かれていた。

確かにこの『走れメロス』は「日本一愉快な青春小説」であった。

 

しかし、他4篇は愉快とは程遠い。
重苦しい・切ない短篇の数々。

 

だが、それらが実に面白い。

 

一癖二癖もある大学生たちの心の奥底に潜むものが恐ろしいほどに胸に迫ってくる。

自分を天才だと疑わず、天狗に生まれ変わった文学家志望の青年を描く、新生『山月記』。
自身の彼女とその元彼でラブムービーを撮る映画サークルの鬼才を描く、新生『藪の中』。
恋人の助言で書いた小説で一躍人気作家となった男の悲哀を描く、新生『桜の森の満開の下』。
そして、著者・森見登美彦自身を主人公に置き、上記の全ての登場人物を総出演させ、それぞれの物語をクロスオーバーさせた本書まとめの物語、新生『百物語』。

短編集でありながら、それらの物語が交錯していく構成はお見事であった。

私が特に響いたのは『藪の中』。
様々な視点から、主人公が撮った問題作が語られていき、次第にその全容が明らかになる。
自身の彼女とその元彼で恋愛映画を撮るという一種非道な行動を貫き通した彼の姿は美しかった。
そして、その彼の真意に心を打たれた。
「でも、それが、たまらなくいいんだ」。

『走れメロス』が全力で馬鹿馬鹿しい方向へ走り抜けてくれている為、その他の重苦しい4篇を良い塩梅で読めるだろう。
その辺のバランスも本当に上手いんだなぁ。

名作文学を転生させた今作。原作と比較して読むのもまた一興なのでは。
『藪の中』『桜の森の満開の下』の元ネタを知らないことが悔やまれたので、今度また読んでおきますね。

短編集として完成され過ぎた一作だと感じた。

捻くれ腐れ大学生たちの、
美しくも儚い姿を、とくと見よ。

総評:93%

オススメ度:★★★★★